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10月|昔農家さんから学ぶ農作業と農事歴

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暑さも落ち着き、過ごしやすい季節になってきました。

秋晴れの10月は、とても気持ちが良いですね。

今回は、昔農家さんから学ぶ10月の農作業と、農事歴をご紹介いたします。

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昔農家さんから学ぶ10月の農作業について

天高く馬肥ゆる秋(てんたかく うま こゆる あき)

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「天高く馬肥ゆる秋」は、中国に由来する表現と言われており、澄み切った秋晴れが続き、食べ物が美味しく、馬も太ってくるという意味で、秋の季節のすばらしさを詠う句です。

諸説あるようですが、農事に関しては、厳しい冬の寒さに備えて、家畜にも滋養を与えておきましょうという意味があるようです。

秋は、私たちヒトも食欲が増す季節ですが、昔農家さんは「お礼肥(おれいごえ)」として、畑にも稲わらを施し、滋養をつけていました。

夏の酷暑の中の畑仕事が落ち着き、疲れが出てくるのはこの頃ですね。

収穫した美味しい作物を頂きながら、畑にもこの時期にメンテナンスをしてあげましょう。

昔農家さんから学ぶ10月の農作業

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現代の家庭菜園で使われている化学肥料や単肥(たんぴ=窒素・リン・カリウムのうち、2つの成分以上を含んでいる肥料)は、江戸時代には存在していませんでした。

そのため、当時の農家さんは 人糞や、はきだめのゴミを焼くなど、苦労しながらあらゆるものを肥料にしていました。

その中で、昔農家さんが肥料として使っていたものの1つに、私たちが活用できるものがあります。それは、「わら」です。

わらは畠のこやしによくきく。万物草をいのこやしとしれ。麦畑の根こえに用いる、畑やわらぎ、夏作毛までよくできるなり。夏作毛・秋作毛のこやしにすべからず。緒虫多くわくものなり

引用 「百姓伝記」巻六「不浄集」(参考文献 久保田豊和著「新版 暦に学ぶ野菜づくりの知恵 畑仕事の十二ヵ月」)

ワラは、畑の肥料として効果があり、すべての植物を生長させる肥料となる。

麦畑の元肥にワラを使うと、畑は団粒構造でふかふかになり、その後の夏に栽培する野菜の生育も良くなる。

ただし、夏に栽培した作物の残渣を、秋の作物の肥料に使ってはならない。

なぜなら、さまざまな害虫の発生源となるからである。※1

※1 野菜の残さを肥料にしたり、刻んで畑のウネに敷いて作物を育てる方法もあります。

百の肥やしより、一季の旬

10月は、畑をメンテナンスするのに適した時期ではありますが、過度に肥料を施しますと、野菜の生長がかえって妨げられ、味も悪くなってしまう場合があります。

「百の肥やしより、一季の旬」は、先人から語り継がれているもので、「千駄の肥より一時の季」(千駄=せんだ=たくさんの意味)とも言います。

肥料はいちどにたくさん与えても効果はなく、適した時期に適材適量を施すべきである、という意味です。

金木犀の香りの中で種まきを

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金木犀が咲いたら、種まきの合図です。

10月の農作業は、サツマイモ、落花生、ダイズ、秋そばなどの収穫、ほうれん草、ネギ、ゴボウ、ミツバ、ホウレンソウ、コマツナ、キョウナ、ダイコン、ソラマメ、エンドウなどの種をまきましょう。

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※地域によって前後します。

参考文献 久保田豊和著「新版 暦に学ぶ野菜づくりの知恵 畑仕事の十二ヵ月

10月の農事歴

私たちは現在 太陽暦にて暮らしておりますが、江戸時代以前の農家さんたちは、旧暦にて農作業を行っておりました。

現代においても旧暦の農事を参考にしますと、野菜づくりの良き指標となるかと思いますので、ご紹介いたします。

10月の農事歴

1日
2日
3日  水始めて涸れる_七十二候(第四十八候)
4日
5日
6日
7日
8日 寒露(旧暦9月1日頃)_二十四節気
9日
10日 鴻雁来(こうがんきたる)_七十二候(第四十九候)
11日  
12日  
13日 菊の花開く(重陽の節句(旧暦9月9日))_七十二候(第五十候)
十三夜(旧暦9月13日)
14日
15日
16日  
17日
18日 蟋蟀(きりぎりす)戸に在り_七十二候(第五十一候)
19日
20日  
21日  
22日  
23日 霜降_二十四節気
24日  
25日 霜始めて降る_七十二候(第五十二候)
26日
27日  
28日  霎(しぐれ)時々施す_七十二候(第五十三候)
29日  
30日  

参考文献 久保田豊和著「新版 暦に学ぶ野菜づくりの知恵 畑仕事の十二ヵ月

七十二候(第四十八候)水始めて涸れる(みずはじめてかれる ― 新暦10月3日頃)

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「水始めて涸れる」は、2つほど解釈があり、1つは、「川の水がやせ、井戸が涸れたようになる」、もう1つは、「水田の水がなくなる時期」です。

私たちは、後者の「田んぼの水気が枯れ始めてくるので、稲刈りに備える時期」の説ほうが、理解しやすいかもしれませんね。

二十四節気_寒露(かんろ ― 新暦10月8日頃)

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旧暦の9月1日頃です。

秋分の日から15日後に草草には冷たい露が結びます。

寒露は、「冷たい露」という意味で、白露の頃(現在の9月7日の頃、旧暦の8月1日の頃)には輝いて見えていた露も、寒々とした眺めになってくる時期です。

七十二候(第四十九候)鴻雁来(こうがんきたる ― 新暦10月10日~12日頃)

ガンが北から渡ってくる頃です。

先人は、ガンが渡ってくる頃に吹く北風のことを「雁渡し」と呼んでいました。

十三夜(じゅうさんや ― 新暦10月中旬)

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中秋の名月につづき、旧暦9月13日の夜(現在の10月中旬)に、昔農家さんは もう一度、お月見をしていました。

十三夜は、毎月の「13日の夜」のことですが、昔農家さんたちにとって、特に旧暦の9月13日は格別の日でありました。

この月は、五穀(米・麦・あわ・きび・豆)を収穫する最盛期で、そのほかに、サツマイモやダイズ、ミカンやナシなどの果樹、カキ、栗など、多くの作物を収穫し、昔農家さんは、十三夜に栗や豆を供えて収穫に感謝をしました。

なお、中秋の名月は中国から伝わった風習ですが、十三夜は日本独自のもので、満月ではなく、これから満ちてゆく十三夜の月を眺め、その美しさを感じていたようです。

完全ではないものを堪能するという感性は、日本人独特のものだったのかもしれません。

七十二候(第五十候)菊の花開く(新暦10月13日~17日頃) 重陽の節句(ちょうようのせっく ― 新暦10月上旬~下旬)

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五節句の1つである「重陽の節句」は、「菊の節句」とも呼ばれています。

陰陽道※1で「陽」の数とされた奇数の中で、9月9日は最大の「九」が重なるおめでたい日として、昔は菊を飾り、長寿を祝い、菊酒を飲んで盛大にお祝いをしました。

3月3日の桃の節句、5月5日の端午の節句、7月7日の七夕などに比べ、私たちが重用の節句に馴染みが薄いのは、9月はまだ菊の季節ではないからかもしれませんね。

※1 古代中国で成立した陰陽五行説を基盤とした日本独自の自然科学・天文・暦・呪術の体系
※ 旧暦の9月9日は、新暦では10月になります。

七十二候(第五十一候)蟋蟀戸に在り(こおろぎとにあり/きりぎりす とにあり ― 新暦10月18日頃)

直訳をすると、「家の中にコオロギ(キリギリス)が入ってきて鳴き始めます。」ですが、秋の虫が戸口で鳴く時期という意味で、中国最古の詩集「詩経(しきょう)」の「七月」という詩の中には、つぎのような一節があるそうです。

七月は野に在り、八月は宇(=軒)に在り、九月は戸に在り、十月は蟋蟀我が牀下(しょうか=床下)に入る。

初秋の頃は、野原で鳴いていた蟋蟀も、秋が深まるにつれ、だんだん人家に近づいてくる。という意味です。

そういえば、虫の声は、秋が深まるにごとに大きくなっているように感じますね。

なお、明治時代の略本歴では、「蟋蟀在戸(きりぎりすとにあり)」と読み、江戸時代の貞享暦では「蟋蟀在戸(こおろぎとにあり)」と読んでいたようです。

この時期の虫の声は、コオロギのように思うのですが、キリギリスという説もあるそうです。

二十四節気_霜降(そうこう ― 新暦10月23日頃)

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北国、山間地で 霜が降りはじめ、白化粧する頃で、この日から立冬まで吹く北風を「木枯らし」といいます。

日増しに気温が下がり、日脚の短さを感じるのもこの時期で、人はなぜか 日が落ちるのが早くなると悲しい気持ちになるのが不思議ですね。

七十二候(第五十二候)霜始めて降る(新暦10月25日頃)

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北国ではそろそろ初霜が見られる頃ですが、地域によっては、霜はまだ先のところもあるでしょう。

現代を生きる私たちも、季節季節のものを目にするたびに歳月を感じますが、昔農家さんは、霜を目にしたとき、「もう一年が経ったのだな」と思うことが多かったそうです。

なお、「霜」が含まれる言葉に、「星霜(せいそう)」「歳霜(さいそう)」などがありますが、いずれも年月(としつき)という意味を持っています。

たった一夜で、農作物に大きな被害をもたらす「霜」を、昔農家さんは つねに意識していた証かもしれませんね。

七十二候(第五十三候)霎(しぐれ)時々施す (新暦10月28日頃)

時雨(しぐれ)は、晩秋から初冬にかけ、降ったりやんだりする雨のことで、この時期は小雨がときどき降ります。

定まらず時折 降る時雨に、先人は 人生の心の移ろいを重ねて眺めていたと言われており、時雨の降りそうな天気は、涙がこぼれそうな気持ちに例えられ、「時雨心地(しぐれごこち)」と言います。

なお、明治時代の略本暦では、「霎時施(こさめ ときどき ふる)」と、江戸時代の宝略暦などでは「霎時施(しぐれ ときどき ふる)」と、しぐれの読み方が異なります。

秋の七草

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秋の七草をご存知でしょうか。

奈良時代初期の貴族、山上憶良(やまのうえ の おくら)は、「貧窮問答歌」などで有名な歌人ですが、万葉集にもかずかずの歌を残しており、秋の七草を詠んだものが2首収められています。

秋野尓 咲有花乎 指折 可伎數者 七種花 [其一]

出典 「万葉集 第8巻 1537番歌」

秋の野に 咲きたる花を 指折りかき数ふれば 七種(ななくさ)の花
(あきののに さきたるはなを およびをり かきかぞふれば ななくさのはな)
秋の野に咲く花を、指折り数えてみると、七種(ななくさ)の花ある。

芽之花 乎花葛花 瞿麦之花 姫部志 又藤袴 朝皃之花 [其二]
出典 「万葉集 第8巻 1538番歌」

萩の花 尾花 葛花 撫子の花 女郎花また藤袴 朝貌(朝顔)の花
(はぎのはな おばな くずばな なでしこのはな おみなえしまたふじばかま あさがおのはな)

山上憶良がこの二首を詠んでから、秋を代表する草花として、秋の七草が親しまれるようになったと言われています。

なお、憶良が詠んだ七草は、現在の草花と異なるものがあります。

憶良が詠んだ秋の七草 現在の名前
 萩の花  ヤマハギ、ハギ
 尾花  ススキ
 葛花  クズ
 撫子の花  ナデシコ、カワラナデシコ
 女郎花また藤袴  オミナエシ・フジバカマ
 朝貌(あさがお)の花  キキョウ

山上憶良が詠った歌は、私たちにも気持ちが十分伝わりますね。

歴史上の人物が詠んだ歌が、1300年後も残り、語り継がれていることを思いますと、不思議な気持ちになりますね。

まとめ

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10月の農作業と農事歴について、ご案内いたしました。

昔農家さんは季節を肌で感じながら農作業を行っていました。

現代を生きる私たちも、自然の声に耳を傾け、肌で感じながら、気持ちよく畑仕事を行ってゆきたいですね。

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キッチンガーデンのこと暮らしのこと野菜づくり
この記事を書いた人
カジトラ

関東在住の専業主婦です。
夫と二人暮らし。
2023年の春、海に近い地域に移住しました。

家族の介護、某シンクタンクで馬車馬のように働き詰めだった日々に区切りをつけ、現在は農学博士 木嶋利男氏が提案するコンパニオンプランツ栽培で野菜を育てています。

文明の利器を取り入れつつも、古き良きモノ・慣習を大事にしながら暮らしてゆくことを目指しています。

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